太一 | ある朝俺はなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分がベッドの中で1匹の芋虫に変わっているのを発見した。これは一体どういうことだろう。 なにか思い出そうとしてもうまくそれを成し遂げることができない。 |
T.A. | 変身 |
S.E. | ドア |
女 | おはよう、太一さん。気がついたのね。今日はとてもいい天気よ。 |
太一 | この女は・・・なんだろう・・・うまく思い出せない。 |
女 | こんな時間までねてるなんてもったいないわよ。でもいいわ。あなたがそうしたいなら。だってこれからはずっと一緒なんですもの。 |
太一 | ずっと一緒?待ってくれ・・・俺には大事な用事が・・・思い出せない。 |
女 | 何を考えてるの?・・・あの女のことね?だめよ、いかせないわ。あなたは私のそばを離れられないの。そう永遠に。 |
太一 | あの女?・・・そうだ!俺は大事な約束が!なんでだ?なんでこんな大事なことをいままで・・・いかなくちゃ。彼女が待ってるんだ。 |
女 | わかってるわ。あなたは本当に私のことを愛してるのよね?どうせあの女に脅されてたに違いないわ。じゃなきゃ私のことをおいて結婚だなんて。 ずっとあなたをみてたわ。あなたもきづいていたでしょう。私の気持ち。 ふふふ、これからふたりだけで楽しく過ごすのよ。 |
太一 | 何を言ってるんだ?まて、まってくれ! |
S.E. | ドア |
太一 | なにがなんだかわからなかった・・・彼女は何者なんだろう・・・はっきりいって全く記憶にない。この姿になってしまったのに彼女が関係してるのか?そうとしか考えられないな。とにかく異常だ。ここから逃げ出さないと・・・外に連絡をとらなくちゃ・・・ |
太一 | そうはいってもその作業は大変至難だった。まずブヨブヨに膨れ上がった体が言うことを聞いてくれない。ドラム管のような円柱形のその体にはたくさんの小さな足らしきものがピクピクとうごめいていた。しかたなく俺は体ごとひねりベッドから飛び降りた。 |
S.E. | ドシン |
太一 | 思ったより大きな音がしたがあたりはシンと静まり返っている。どうやら気づかれなかったようだ。そのまま這うようにドアをめざすが、自分でも驚くほどゆっくりとしか動けずイライラがつのる。なんとかドアの近くまできたがそこでどうやってドアを開けるかという難問にぶつかった。なぜ最初からこの問題に気づかなかったのか?思考力がどんどん低下しているようだ。 |
S.E. | ドア |
女 | 何をしているの?太一さん?・・・そう、あの女のところへいこうとしてるのね?・・・こんなに!こんなにあなたのことを愛しているのに!あなたは私を見捨てるのね!なぜ?なぜ私のことを見てくれないの?どうして理解してくれないの?・・・絶対に・・・絶対に逃がしはしないわ。 |
S.E. | 叩く音 |
女 | いいこと?どうせここからでてもそんな姿でどうする気?あの女のところになんか行ってご覧なさい。どんな顔するかしら?そしたらあなた傷つくわ。でも私は違う。あなたがどんな姿でもいい。あなたが私のことだけ考えてくれれば・・・もうあなたには私しかいないの。私にもあなたしかいない。それを解って。 |
S.E. | ドア 鍵 |
太一 | 彼女は部屋を出ていくと今度はドアに鍵をかけたようだ。そのドアの閉まる音が俺を永遠にここから出られないのではないかという思いで絶望させた。なんだか体がだるい・・・さっき彼女が殴られたところがジュクジュクとして熱かった。先ほどの移動で疲れたせいもあるだろう・・・なんだか何もかもが面倒になってきた・・・もういい。考えることでさえ疲れてきた・・・・・・そうして俺は床の上に横たわったまま眠りについた。 |
PAUSE | |
女 | おはよう。今日は雨が降ってるわ。午後にはやむといいけど |
女 | 寒くない?いま毛布を持ってくるわ。 |
女 | ただいま、1人で寂しかった?すぐ夕飯作るから。 |
PAUSE | |
太一 | 時が経つにつれ俺の思考能力は低下していった。人としての意識が徐々に飲み込まれていく過程が恐ろしかった。そんなとき彼女の言葉が私を慰めた。いつのまにか俺は・・・彼女がなくては自分を認識できなくなっていった。彼女といる時間だけが人間としての自分をとりもどせたのだ。 しかし・・・その時間もあとわずかでしかないようだ。 |
女 | 大丈夫?今日はいつもより苦しそうだわ・・・ |
太一 | く・る・し・い |
女 | ちょっと待ってて。タオルとってくるから |
太一 | い・く・な |
女 | どうしたの?いってほしくないの? |
太一 | い・か・な・い・で・く・れ |
女 | わかった。そばにいるよ。ずっとそばにいるよ。 |
太一 | あ・り・が・と |
女 | 私にはあなたが必要だった。いまあなたも私を必要としてくれる・・・もうそれだけで私はとても幸せだわ。 |
太一 | ・・・・・・・ |
女 | 太一さん?太一さん?!太一さん!! |
PAUSE | |
太一 | 不思議と彼女を憎んだり責めたりといった感情はなかった。それは思考能力の低下のせいだろうか?それともこの異常な事態のなかで日常的に行動する彼女の異常性でしか自我を確認できないいう、パラドクスのなかで・・・俺は彼女を愛していたのだろうか? |
PAUSE | |
太一 | 今はただ冷たくなっていく体をやや持て余しながら、彼女の最後の言葉に妙に満ちたりた気持ちを覚えていた。 |
女 | ずっと・・・ずっとそばにいるわ。 |